長続きする住宅メーカー

建てようと決めたときから「ここだけにはとことんこだわった」というところがあり、それをつらぬき通せたら、もう大成功といえるのではないか。
そこで家づくりにおけるこだわりを大雑把に「個人対家族の関係」「環境問題」「生活様式」に分け、三十〜四十代を中心に、こだわりをつらぬき通した人たちの家についての話を聞いた。親が五十年間暮らしてきた街に建てる家渋谷からバスで二十分。

バス停のある大きな通りから一歩入ると、とたんに道は車がすれちがえないほど狭くなる。地図を見ながら急な坂道をのぼっていくにつれて、道路の喧騒は遠くなり、かわりにセミの声がふってきた。
片側にはお寺と墓地が、もう一方は瓦屋根の古い家並みが並ぶ静かな地域だ。墓地の周辺に大木が何本も枝をはり、ときおりひぐらしの声も聞こえて、港区にいることを忘れてしまう。
坂道をのぼりきる少し手前に、Nさんの家はあった。「ウチは目立つわよ。
築一年で新しいし、周囲が一般的な切妻型の黒い屋根ばかりの中で、丸屋根だから」と妻のMさんにいわれたが、家をおおうように大木が立っていたために、一瞬見落として通り過ぎてしまった。振り返ってやっと気づいた。
たしかに新しいし、在来工法で建てられている周辺の住宅とはまず構造からしてちがう、とシロウト目にもわかる。外壁がグレーで、丸いヴォールト屋根。
建築雑誌に出てきそうなおしゃれな外観だ。だが、何軒ものお寺があり、墓地がつづいているという古い街並みに、その家はしっくりと合っていた。
Nさん夫婦は、夫のRさんのご両親が五十年間暮らしてきた家を一九九八年に建て替えて二世帯住宅にした。現在八十歳を超えるお父さんと七十代半ばのお母さんが、戦後まもなく近所の地主から借地して家を建て、以来ずっと住みつづけてきた土地である。
「いずれは長男のぼくが建て替えなくてはならない、とずっと気になっていました。修繕がきかなくなったし、住みづらくもなってきた。
老朽化が進んでいよいよどうにかしなくてはならないところまできたなというのが踏み切った一番大きな理由ですね」「どうにかしなくてはならない」のは、ご両親の家ばかりではなかった。Mさんはいう。

「一九七九年に結婚して以来、私たちは二十年近く五○平米の社宅で暮らしてきました。ふすまを開けたらワンルームになるような小さなアパートで、子どもが成長したために、狭すぎて親子ともにつらくなっていた」Rさんも狭さの点では限界だったと認める。
ただ、長年暮らした社宅への愛着は強かったために、ぎりぎりまで引っ越しをためらっていた。「社宅は狭いには狭かったけれど、四階で日当たりが抜群で、代官山の駅から歩いてすぐの場所で、本当に便利だった。
面積以外はなんの不満もなかったですね。代官山はいい街ですよ。
引っ越したいまでもなつかしい」。主導権をにぎるのは誰?さていよいよ建て替えて同居しようとなったとき、Rさんは建築に関して自分が主導権をにぎると決めた。
理由は二つある。一つはRさん自身が会社勤務ではあるが、設計家であることだ。
これまで仕事で社宅やオフィスビル、リゾート施設などの設計を手がけてきた。自宅の設計は、仕事ではできなかったことを実行するチャンスだ。
「他人の家ではできなかったことをやってみたい、とはりきりましたね」。もう一つは「親のために家を建ててあげたい」という気持ち。

だがなんといっても問題は狭さである。娘さんたちが高校生と中学生になり、独立したスペースも必要になる。
親もそれぞれ一人になれるスペースがほしい。八十歳前後のご両親と四十代のNさん夫婦の両方の事情が重なって、二世帯住宅への建て替えプランは進んだ。
二世帯住宅、それも親が暮らしていた家を建て替えての同居となると、誰が建築の主導権を取るかでなかなかたいへんだと聞く。お父さんが現役でまだ元気に働いていると、自分の土地に建てさせてやるのだからと主導権をにぎることになる。
だがそこで自分の思いどおりに進めようとすると、子夫婦のほうは不満がたまる。反対にお父さんがもう現役を隠退していて、建築費は息子や娘夫婦が出すとなると、主導権を子夫婦がにぎる。
もしそこで親夫婦の意向をあまり聞かないと、これまた衝突のもと。誰かが主導権をにぎらないかぎり、家づくりは進展しないのだが、にぎった人がほかの家族の意見を無視してしまうと、のちのちまで怨恨が残ることになりかねない。
二世帯住宅がむずかしいのは、主導権をにぎった人とほかの家族との関係にある。Rさんはご両親のところも、自分の家族が住むスペースも、すべてを仕切った。
だが、ご両親のところは「冒険はいっさいしない。ごくオーソドックスな形でつくる」と決めた。
高齢であるご両親の生活を激変させたくなかったからだ。だから庭木もできるだけそのまま残し、一階のご両親の居室から見える庭のたたずまいも変えていない。
親と一緒に暮らす家を建てることで、Rさんが気を使ったことがもう一つある。近隣への配慮だ。

「これには一番気を使いましたね。一生に一回しかないかもしれない自宅の設計ですから、あれもこれもやってみたいと思う。
でも、エゴを通したらここでは暮らせないとすぐに気づきました。両親が築いてきた地域の人間関係をこわしてはいけない。
自分が育ってきた地で、これまでお世話になってきた近所の人たちの神経を逆なでするようなことをしてはいけません」。そこでRさんはいくつか譲歩した。
その一つが、当初の計画では三階建ての予定だったところを二階建てにしたことだ。建ぺい率では十分に三階建てが建てられる土地であり、北側にくだっていく急な坂道の途中にあるため、高い建物を建てても隣の家の日照をさえぎることにはならない。
でも、あきらめた。地主が反対したからだ。
「このあたり一帯の土地を持っている地主さんから、三階建てを一度許すと、歯止めがきかなくなるからやめてくれ、といわれました。ところが周辺には三階建ての家もあるのですから、反対の理由にはなりません。

釈然としませんでしたが、引き下がりました。私たちが家を建てることで、近隣に刺激を与えて波風を立てたくなかった。
古い街並みのこのあたり一帯に、たしかに大きく目立つ家は似合わない。できるだけ周囲の景色になじむようにしようと思いました」。
それが親と同居するにあたっての、基本的配慮だろう。子世帯との同居によって、親が長年築いてきた地域の人間関係がぎくしゃくするようでは元も子もない。
Rさんは設計時に何回となく地主さんのところに図面を持っていき、相談のうえで進めた。そこまでする必要はないのだが、それもこれから一緒に暮らす親への気遣いにつながると考えたからだ。
かくして一九九八年五月、四十三坪の土地に、一階、二階とも六四平米の二階建てができあがった。一階にはご両親が、二階にはNさんたち家族四人が暮らす。
一階のご両親世帯とは玄関も別。だが玄関内部に設けられたドアを通って行き来できるようになっている。
基本的には別世帯だが、出入りのときや庭からなんとなくお互いの気配は感じられる。この「なんとなくお互いの気配が感じられる家」という点が、ご両親との関係だけでなく、Nさんの家族関係を円滑にするうえで重要なキーポイントとなっている。

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